あせらず、さわがず

茨城県土浦市でコンパクトに暮らしてみたい

「霞ヶ浦学講座」なんてあったの知らなかった

派遣での介護職を始めてすぐの頃なのでけっこう前になるのだけど、「霞ヶ浦学講座」なるものに参加した。

実は、土浦市への引越は、派遣で介護職をすることも考えて決めたことだった。同じ茨城県でも県北部は派遣での受け入れがなかなかない。東京に近い県南部は派遣会社も営業圏内に入れやすいのかもしれない。どこの施設も、公共交通機関で通えない場所にあるという、車社会なのも影響しているようだ。


で、土浦市に住むと決まって興味を持ったのが霞ヶ浦。土浦だけでなく、県南部の多くが霞ヶ浦の水を原水として使っている。つまり霞ヶ浦の水を飲んでいる。だけど、水深が浅いなどの要因で霞ヶ浦の水質は悪化しやすく、過去にはアオコの大発生で土浦駅のホームまで悪臭が漂ったこともあったらしい。
という訳で(?)『霞ヶ浦考現学入門』という本を引越後に読んで、霞ヶ浦の健気さにとても感銘を受けた。
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このブログを始めた頃に読んだ後の感想的な記事も書いたりした。
https://aserazu-sawagazu.hateblo.jp/entry/2018/06/17/132019


https://aserazu-sawagazu.hateblo.jp/entry/2018/06/17/184723

この本が出版されたのが平成21年。10年近く経った今の霞ヶ浦がどうなってるのか何となく気になっていた。で、市の広報誌だったか何かで「霞ヶ浦学講座」の文字を発見。気になって読んでみたら、この本の著者である沼澤篤氏が講師だと書いてある。
しかも直近の講座で第5講。もうちょっとちゃんと調べていたら、第4講あたりから参加出来ていたかもしれないのに。勿体なかった。

主催、会場ともに霞ヶ浦環境科学センターで、そこのサイトにも霞ヶ浦学講座のことが載っている。
http://www.pref.ibaraki.jp/soshiki/seikatsukankyo/kasumigauraesc/05_gakushu/kasumigauragaku/kasumigauragaku.htm

関わる分野が多くて全体像の把握が難しい湖、総合的に理解して環境改善していくには遠い道のりだと
、講座を開く意味を述べている。『霞ヶ浦考現学入門』でも書かれていた。
沼澤氏はここにお勤めなのかな。過去の講座のタイトルを眺めると、この本に沿った内容っぽい。

途中からでも超初心者でも学んでみたい、沼澤氏の話を直接聴いてみたいと思い、電話で申し込んだ。
後から担当者から連絡させるということで、まわりくどいとちょっと面倒に思ったけど、かけてきたのが沼澤氏ご本人だったので、(最後に名乗られた!)ビックリしたやら恐縮したやら。

当日、霞ヶ浦環境科学センターの建物だけ撮ってみた。
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県の研究施設だから一般人は基本入れない、お役所的な平日9:00~17:00だけ開いてるセンターだろうという偏見で行ってみたら、誰でも入れて環境や霞ヶ浦に関する資料が閲覧できる。貸し出しも一部OK。休館日は月曜日で、土日も開いている。利用時間はほぼ想像通りだったけど。『霞ヶ浦考現学入門』で紹介されていたけど図書館にはなかった本もここにはあった。

2階からは霞ヶ浦も見えた。

この日の目的だった霞ヶ浦学講座は「霞ヶ浦の市民活動の歴史」。細かいことはよく覚えていないけど、市民活動でずっとテーマにしてきた「泳げる霞ヶ浦」。今は一部で遊泳基準をクリアしているって聞いて、ちょっと嬉しかった。
それから、市民活動のポイントとして「理性と感性のバランス」が挙がっていたのにちょっと安心。感性というのは水神様を祀るような素朴な信仰心のことだけど、総合的理解が必要というスタンスなら当然だと思う。

沼澤氏が霞ヶ浦の環境の研究を始める前は、大手企業の研究所に勤めていたサラリーマンだったとか、霞ヶ浦をテーマに小説を書いて映画化もされたなんて話も聞けて、これもビックリ(゚o゚)/。どんな話なのかこれも気になる。

講座のレジュメ 書き込みなんかも写ってるけど。
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霞ヶ浦学講座のこの後の予定もなかなか興味深かった。10月の世界湖沼会議に絡めたもの、霞ヶ浦の信仰や歴史関わるものがあって、見学ツアーなんてのも予定されている。
今の派遣先でもそこそこ休みは希望が通るようなので、出来るだけ参加したい。沼澤氏と直接お話して、小説のことを聞いて読んでみたい。ファンになりつつあるのかもしれない。