あせらず、さわがず

アラフィフおばさんが脈絡なく書いてるブログ~あとは野となれ山となれ

短歌の講演会 生誕140年ー与謝野晶子を読み直す

引きこもり体質ながら、前週のタニケンさんライブから連日外出している。今度は市内のホテルで行われた短歌の講演会。

小野小町文芸賞短歌特別講演会「生誕140年ー与謝野晶子を読み直す」 講師は歌人の三枝昂之氏。
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小野小町は今の土浦市の小野地区で亡くなったらしい。それで、小野小町ゆかりの地として短歌と俳句の優秀作を表彰する文芸賞を実施している。
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過去の作品集をサラッと見たら、1冊に短歌部門と俳句部門が分かれて作品が掲載されていた。そういえば俳句の講演会も別日でやっていた。

短歌は現代では天皇一般ピープルも詠む日本の詩だけど、明治になるまでは細かい決まり事の多い題詠が中心で、暮らしに余裕のある人が教養として習うものだった。

で、短歌の近代化を提唱したのが正岡子規与謝野鉄幹、佐々木信綱。スローガン的なのがそれぞれ写生、自我、己がじしだったかな。自分が見たもの、感じたものを素直に詠むってことだ。例示された歌も一読して情景が浮かんで解りやすい。詠む側にとってはハードルが下がった。ただ、「え、それだけのこと?」って呆気なさもなくは無い。

で、晶子は鉄幹の作品でこういうものなら自分にも出来ると思って、鉄幹のもとへ行き、作品を出し、鉄幹を我が夫とし、11人もの子を生み育て……。63歳で亡くなるまで源氏物語の現代語訳もし、海外にも行き…と、パワフルな人生を送ったような印象。

で、晶子が自分て見たもの感じたものを詠んだ歌。『みだれ髪』でよく知られてるような歌は、やっぱりパワフル、情熱的。上の男歌人たちはスローガンはあれど歌としての力はちょっと弱い。作品の背景とか、詠まれたものを理解して「なるほど」「確かに」の理性で終わっちゃう感じ。

対して晶子の歌は題材も情景も読み取れる感情も、衝撃的で熱い。読む側に「え!?」「それ詠んじゃう?」みたいな驚きというか感情を起こさせる。三枝氏も「内容は…ヤバい歌ですよね…ハハ」なんて言ってたな。

その晶子の歌で「これからは短歌だ!」ってなったのが石川啄木前田夕暮北原白秋若山牧水など。今風な表現だと晶子の歌がインフルエンサーとなって近代短歌を盛り上げたってこと。自分が見たまま感じたままを詠むという近代短歌とはどういうものか、晶子は「作品の力」で示した人という訳なんだな。
理屈よりも実践、表現が人を惹きつけるってことでしょうか。

以上、今回の講演で私が学んだことでした。

ここからは自分語り。

数年前に1年ほど短歌を習って作っていた時期がある。その間、歌集や短歌雑誌を読んだ中で、三枝氏の名はよく目にしていた。そして与謝野晶子の歌は、短歌の読み方・詠み方を学ぶ上で必ず通る。
鉄幹亡き後、降る雨が筆文字の「てつかん」に見えるという歌が細かく覚えてないけど、印象に残った。

ただ、私にとって与謝野晶子歌人として以外にも大事な人物。『源氏物語』の現代語訳を初めて読んだのが与謝野晶子版だった。高校の時に『あさきゆめみし』にハマって、源氏物語の全容を知りたくなって現代語訳を読みたくなった。当時の『あさきゆめみし』はまだ源氏物語の途中までだった。要は続きを早く読みたかった。

どこの本屋に行ったかも、与謝野晶子以外の誰の現代語訳と比べたのかも覚えていないけど、なぜ与謝野晶子版にしたのかはハッキリ覚えている。

本の分量がいちばん少なかったから。ゆえに本代も安くなる。
それでも文庫本の上中下。他は3倍位ズラーッと並んでたかもしれない。
あと、源氏物語を初めて現代語訳したのが与謝野晶子だというのをどこかで知って、興味を持った。

部活もあったので通学の電車待ち、電車の中、休み時間を使って3か月はかかったと思う。「もののあはれ」はおろか内容ですらちゃんと理解してたか、かなり怪しい。登場人物たちが詠み合う和歌なんて、与謝野晶子は現代語にせずそのままのせてたし。だから分量が少なかったのかもしれない。

ともあれ、与謝野晶子のおかげで初めて文章で源氏物語を読み通したし、その後も他の現代語訳や源氏物語に関する本も読んできたし、和歌も好きになってだいぶ経ってからだけど短歌を習ってみたし。

10年くらい前に与謝野晶子版をもう一度買い直して読んだし、林望(はやし・のぞむ)版も読んだ。今は角田光代版。
小説『源氏物語』の内容そのものは全部同じなのに、なぜいろんな現代語バージョンで読むのか。
現代語訳をいくら読んでも、今でも原文ではすらすらとは難しい。

それなりに与謝野晶子の影響を受けたんだなと思う。