あせらず、さわがず

アラフィフおばさんが脈絡なく書いてるブログ~あとは野となれ山となれ

99才のじいさまに会う

茨城県土浦市に住み始めたとりあえずです。

前回、喜多方市へオペラ鑑賞に行ったことを書きましたが、
翌日5/27は帰る前に、同じ福島にいる祖父に会いに行きました。

祖父は今年の秋で100才になります。
1918年生まれの現在99。うわー…マジか。
元気で今もあの家で叔父と普通に暮らしてるとか、週1でデイサービスに行きだしたとか母から聞きました。
昔から緑茶好きなので、ラジオで新茶の話をしてたのもあり、新茶を届けようと思いました。急須に茶葉ごっそり、ほぼ熱湯で祖父手ずから煎れる緑茶は、ありがたいお薬湯のようであります。
数年前の祖母の新盆で会って以来です。当時90をとっくに過ぎてたけど、コンビニ弁当スイスイ完食してた。

高速のインターを下りてから20㎞余り。

ちょっと小さくなったかな。午後1時半頃だったけど、納豆ご飯と味噌汁が半分くらい食べた状態でそのままコタツテーブルに乗っていた。私のこと分かってたかどうかは怪しいが、訪問者に気付いてテレビを消し、正座してたら足をくずして休んで下さいなどと言うあたり、全っ然問題ないと思う。

叔父は出かけてるのかと思っていましたが、10分位したら奥の部屋から出て来ました。昼寝でもしてたのか。

叔父のぼやき、本当に何て言って返せば良かったのか。
要介護認定、体ではとれないからアタマで何とかとってもらった。オレ一人ならアパートでも公営住宅でも安い所行けるけど、オヤジ(祖父)がいるからこの家にいるしかない。オレとオヤジ、どっちが先になるか分からんわい…
介護の仕事してたって、こんなこと解決できる訳でもなし。特養に勤めてたときも、利用者の家族からそんなぼやきを聞きましたよ。お宅に預けてる義理の母よりも自分の方が先に参ってしまいそうとか。

介護の要否にかかわらず、長生きすると周りの人にどんなことを思わせるのか。生き方老い方、考えさせられます。

介護の必要ない99才のおじいさんなんて、今時すっっごく羨ましくて素晴らしい存在ですね。
3.11で事故を起こした原発から遠くて同じ家に住み続けることが出来たから、介護認定とるのに苦労するほど元気でいられるのかもしれません。あの事故で落ち着く場所を離れざるを得なかった人達がいることを考えたら、恵まれた人生ではないでしょうか。

だけど、そのために不便なド田舎の古くて広すぎる家で、まだ60代の叔父は暮らし続けなければならない。最寄りのコンビニまで車で5~6分かな。信号ないけど街灯もない、沿道は民家もまばらな道。最寄りのガソリンスタンドはそのコンビニから5分くらい行くような。

奇しくも私はコンパクトな暮らしを求めて2DKから1Kのアパートに引っ越したばかり。最寄りのコンビニまで徒歩で5分、駅も役所も図書館も徒歩圏内。大体のお店はいくつも選択肢がある。自分の望む環境に何の障害もなく移れるのって、これも恵まれていますよね。

じいさまの顔を見に行っただけなのに、いろいろ考えさせられました。

話は変わりますが、じいさまに会いに行くきっかけとなった喜多方市では、広範囲の地割れが起こっていて心配です。家の基礎が壊れたり避難勧告も出たり。仙台に長く住んで、福島のDNAがある私としては、気になります。

でも、地割れのことを知ったのは土浦に帰ってきてからですよ。自分の知ること・出来ることの範囲の小ささを思います。

読んで下さった方、ありがとうございました。