あせらず、さわがず

茨城県土浦市でコンパクトに暮らしてみたい

ツェッペリンカレー

今住んでいる土浦市はカレーの街だそうです。
日本の五大カレー都市のひとつに入っている。横浜とか横須賀が名を連ねるカレーグループに。それは知らなかった。

80年ほど前に飛行船のツェッペリン伯号が世界一周の旅だかをしたときに、霞ヶ浦近くの飛行場に着陸して、日本に滞在したのだけど、その際に市民が乗組員にカレーライスを振る舞ったのが起源。
http://www.tsuchiura-curry.jp/

土浦市で毎年カレーフェスティバルを開いているのも、引っ越して来るまで知らなかった。

土浦は醤油の銘醸地でもあるけど、茨城ってあまり知られてないことが多いのでは?

消耗しまくりの前職を辞めて元気になってきたものだから、猛暑でも歩いて喫茶店に行く元気も出てきた。

で、「まちかど 蔵」という喫茶店に行ってみた。エアコンも効いてるけど、明治の蔵を利用した建物なので、レンガ造りの壁にもたれると体がヒンヤリして気持ち良い。

メニューに「ツェッペリンカレー」なるものを発見して頼んでみたら。他のカレーより150円ほど高いので何が違うのかと思ったら。
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ライスが飛行船の形でした。f:id:toriaezu113:20180805142339j:plain
分かりにくいのは撮った人間の腕が悪いから。
あと、土浦名産のレンコンがカレーの中と付け合わせに入ってました。生産量1位。

今、ハス畑ではハスの花が咲いてる所が多くて、土浦はハスの花を近くで愛でられる土地だったりします。
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派遣で介護職始めてみたら

派遣で介護の仕事を再開して、今月のシフト表を眺めて思ったこと。

休みがいっぱい!

元々、フルタイム+サービス残業の正職員に疲れたので派遣労働で週4日にした。休みが増えるのは分かってるけど、仕事と休みの数のバランスをシフト表という形で1か月分を俯瞰してみると、休みの多さが目立つ。

今月は休みが15日。
対して、派遣先の正職員たちの休みは月9日。私が正職員だった時も月の休みは9日だった。
月に6日増えるだけでこんなに変わるのか。6日というとほぼ1週間。カレンダーのほぼ横一列分の休みが増えたんだ。なるほどー。

しかも、私は休みの日を赤丸で印をつけてるので、赤丸⭕がいっぱい目に入ってくる。正職員だった時のカレンダーと比べたら、赤丸⭕の数の違いが一目瞭然。

テストの正解数が増えて点数アップしたみたいな気分にもなりますね。それでも50点取れてないけど。

仕事再開 派遣で介護

今月後半から介護の仕事を再開した。今回は派遣労働として週4日勤務である。

4月までは県北部の施設で正職員だった。腰を傷めてもうつ病になってもいないし、夜勤を含むシフト勤務に耐えられなかった訳でもない。
ただ、居残り前提の業務配分や業務量に、心神とも疲れてしまった。休憩時間に業務の続きや次の業務の準備をするのが半ば当然とか、勤務時間を過ぎても帰れない状況を「仕方ない」で済ませられなかった。

正職員だと、利用者さんへの直接介護(よくキツい汚いと言われる肉体労働)の他にも日々の利用者さんの記録、企画書やら報告書やらの書類作成、委員会だの係だのの活動etc.…、世間的に「介護業務」と呼ばれる仕事の他にも、運営的・対外的な仕事を色々と抱えることになっている。

こういうのが勤務時間内に出来るように業務配分が組まれていない。勤務時間内は8時間めいっぱい、利用者さん対応をすることになっていて、せいぜい記録のための空き時間を何とか作るぐらい。

介護職を始めてから、これにずっと納得できないまま2年くらい過ごした。定時できちんと帰れるなら介護業務以外の仕事もするし、労働時間全部を介護業務に費やせと言うのなら他の仕事は分離しないとおかしい。
パート・バイトなら介護業務だけになって時間を守って働けるけど、収入に差がありすぎて一人暮らしもままならなくなる。

月給を保証されて諸手当もつくけど責任と仕事を背負わされまくる正職員か、介護業務しかないけど低賃金のパート・バイトかって、選択肢が極端すぎ。
ていうより、正規雇用だからって従業員の24時間を使いまくれると思ってる法人がおかしいのだけど。強制はしていないと反論されそうだけど、結果そうなっているし、それが直されないままでいるし。

ある程度の収入を得ながら働く時間とそれ以外をちゃんと分けて働けないか…。そう思いつつ、あてもなくブログやネットの記事を見ているうちに、たんたんさんhttps://twitter.com/tantan4423という20代の介護職員の方のブログを知った。タイトルは「ゆとり男とミニマリストの融合ブログ」。https://www.tantandaisuki.com/

島根の介護施設で正職員だったけど、今年になって上京して、派遣で夜勤専属の介護職員を始めている。もともと人件費が高い東京、人手不足ゆえ派遣だと高時給の介護現場、しかも手当がつく夜勤で…なので、島根にいた時とは比べものにならないほど収入が上がった。
他にもシェアハウスでミニマリスト生活を送っているので出費が少なく、ブログ収入もあるので、生活にはかなり余裕がある様子。

介護職の低賃金でただただ大変というイメージを覆してくれる働き方を実践されていて、それを訴えるブログも書かれて、すごいなー素晴らしい!と思っていた。

たんたんさんは島根にいた時から派遣介護のことをツイートしたり記事に書いたりされていた。
で、派遣労働であれば介護なら、非正規でも時給が高いから、そこそこの収入にはなりそうだと知ったので、これをやってみたいと、自分も考えるようになった。

で、今回の派遣介護に至るわけである。考えてから退職、引越、就業までのプロセスをすっ飛ばしているけど、ここまで書くので疲れてしまった。

ブログをちまちま書くようになって、何かについて書くことも大変だけど、自分のことを書くのは特に難しいと思った。ブログのテーマも特にあるわけでなし、文体もその時の気分で変わり、読む人には何だかよく分からないものになっているだろうな。
日記代わりだし…と思いながらネット上に残して誰かに見られることも意識している。中途半端なやり方が難しくなってる原因だろうか。

短歌の講演会 生誕140年ー与謝野晶子を読み直す

引きこもり体質ながら、前週のタニケンさんライブから連日外出している。今度は市内のホテルで行われた短歌の講演会。

小野小町文芸賞短歌特別講演会「生誕140年ー与謝野晶子を読み直す」 講師は歌人の三枝昂之氏。
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小野小町は今の土浦市の小野地区で亡くなったらしい。それで、小野小町ゆかりの地として短歌と俳句の優秀作を表彰する文芸賞を実施している。
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過去の作品集をサラッと見たら、1冊に短歌部門と俳句部門が分かれて作品が掲載されていた。そういえば俳句の講演会も別日でやっていた。

短歌は現代では天皇一般ピープルも詠む日本の詩だけど、明治になるまでは細かい決まり事の多い題詠が中心で、暮らしに余裕のある人が教養として習うものだった。

で、短歌の近代化を提唱したのが正岡子規与謝野鉄幹、佐々木信綱。スローガン的なのがそれぞれ写生、自我、己がじしだったかな。自分が見たもの、感じたものを素直に詠むってことだ。例示された歌も一読して情景が浮かんで解りやすい。詠む側にとってはハードルが下がった。ただ、「え、それだけのこと?」って呆気なさもなくは無い。

で、晶子は鉄幹の作品でこういうものなら自分にも出来ると思って、鉄幹のもとへ行き、作品を出し、鉄幹を我が夫とし、11人もの子を生み育て……。63歳で亡くなるまで源氏物語の現代語訳もし、海外にも行き…と、パワフルな人生を送ったような印象。

で、晶子が自分て見たもの感じたものを詠んだ歌。『みだれ髪』でよく知られてるような歌は、やっぱりパワフル、情熱的。上の男歌人たちはスローガンはあれど歌としての力はちょっと弱い。作品の背景とか、詠まれたものを理解して「なるほど」「確かに」の理性で終わっちゃう感じ。

対して晶子の歌は題材も情景も読み取れる感情も、衝撃的で熱い。読む側に「え!?」「それ詠んじゃう?」みたいな驚きというか感情を起こさせる。三枝氏も「内容は…ヤバい歌ですよね…ハハ」なんて言ってたな。

その晶子の歌で「これからは短歌だ!」ってなったのが石川啄木前田夕暮北原白秋若山牧水など。今風な表現だと晶子の歌がインフルエンサーとなって近代短歌を盛り上げたってこと。自分が見たまま感じたままを詠むという近代短歌とはどういうものか、晶子は「作品の力」で示した人という訳なんだな。
理屈よりも実践、表現が人を惹きつけるってことでしょうか。

以上、今回の講演で私が学んだことでした。

ここからは自分語り。

数年前に1年ほど短歌を習って作っていた時期がある。その間、歌集や短歌雑誌を読んだ中で、三枝氏の名はよく目にしていた。そして与謝野晶子の歌は、短歌の読み方・詠み方を学ぶ上で必ず通る。
鉄幹亡き後、降る雨が筆文字の「てつかん」に見えるという歌が細かく覚えてないけど、印象に残った。

ただ、私にとって与謝野晶子歌人として以外にも大事な人物。『源氏物語』の現代語訳を初めて読んだのが与謝野晶子版だった。高校の時に『あさきゆめみし』にハマって、源氏物語の全容を知りたくなって現代語訳を読みたくなった。当時の『あさきゆめみし』はまだ源氏物語の途中までだった。要は続きを早く読みたかった。

どこの本屋に行ったかも、与謝野晶子以外の誰の現代語訳と比べたのかも覚えていないけど、なぜ与謝野晶子版にしたのかはハッキリ覚えている。

本の分量がいちばん少なかったから。ゆえに本代も安くなる。
それでも文庫本の上中下。他は3倍位ズラーッと並んでたかもしれない。
あと、源氏物語を初めて現代語訳したのが与謝野晶子だというのをどこかで知って、興味を持った。

部活もあったので通学の電車待ち、電車の中、休み時間を使って3か月はかかったと思う。「もののあはれ」はおろか内容ですらちゃんと理解してたか、かなり怪しい。登場人物たちが詠み合う和歌なんて、与謝野晶子は現代語にせずそのままのせてたし。だから分量が少なかったのかもしれない。

ともあれ、与謝野晶子のおかげで初めて文章で源氏物語を読み通したし、その後も他の現代語訳や源氏物語に関する本も読んできたし、和歌も好きになってだいぶ経ってからだけど短歌を習ってみたし。

10年くらい前に与謝野晶子版をもう一度買い直して読んだし、林望(はやし・のぞむ)版も読んだ。今は角田光代版。
小説『源氏物語』の内容そのものは全部同じなのに、なぜいろんな現代語バージョンで読むのか。
現代語訳をいくら読んでも、今でも原文ではすらすらとは難しい。

それなりに与謝野晶子の影響を受けたんだなと思う。

さかなクンを見に行ったけど 暑すぎ

霞ヶ浦総合公園で泳げる霞ヶ浦市民フェスティバルというのが開催されており、その中のさかなクントークショーに行ってみた。

霞ヶ浦のことを学べるブースなんかもあるようだったが、土浦も連日40℃(体感温度)。屋外がこんな状況では頭を使う気にならない。様子を見るだけにして、15:00からのトークショーに合わせて、30分くらい前に着くように出かけた。

トークショーを行うエリアのテントの中は家族連れで埋まっていた。ブースはいろいろあったようだけど、動き回るのも億劫で、サラッとしか見なかった。各ブースの担当者たちもつらそう。

屋台のエリアでかき氷を買う。でないと炎天下で過ごすなんて無理。焼きそばとかカレーとか焼き肉とかの火を使う調理、こんな状況でやって大丈夫? 汗の量もだけど、顔も腕も日焼けとは違う、不安を覚える黒さというか焦げ方だし。

トークショーは1時間くらいの予定だったらしいけど、30分余りで帰った。立ってるだけで汗が伝ってくるし、お子様向けのクイズだしで、まあ、もういいかなと思って。

さかなクンはしゃべりながらドンドン魚の絵を描いていくんだけど、口と手を同時に働かせてるのがスゴいと思った。説明しながら輪郭を描き着色して、すギョいだの霞ヶ浦サマだの引っかかる言葉遣いでさかなクンをやっていた。
途中で水分補給した時に、水を得た魚って言ったのがいちばん面白かった。

先週末から毎日外出して、暑い中歩いて思うけど、もう日本の夏は危険だ。毎年恒例という理由だけで35℃超える中で屋外イベントやるのはやめた方がいいのではないか? 
トークショーの前に関係者が保冷剤を配ってたけど、熱中症対策は大事だけどイベントやる側にも見る側にもけっこう負担になる。イベントに来た人全員にとって万全とはどうしてもいかないし。
何より体が死ぬかもしれない危険に曝されてる中、体温が上がり過ぎないように脳も体もフル稼働する訳でしょ? イベントを楽しむ余裕がだいぶ削がれてると思う。いろんな無駄が生じてるような気がする。勿体ない。

3日連続で音楽鑑賞

タニケンさんライブ、オペラに続いて、次の日は木管アンサンブルを聴きに行った。3日連続で音楽鑑賞したことになる。

場所は笠間日動美術館。会員になっているため、10回の無料入館のうちの1回を使って聴きに行ける。

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いろんな画家のパレットを集めた展示室内でのコンサート。美術館が用意した椅子では(30名分くらいか?)座りきれず、展示室いっぱいに立ち見が出ていた。

曲そのものへの知識などはないけど、ライブで聴くのはやはり良い。ホルンとクラリネットの音色のまるみも分かるし、ブレスの音、木管奏者の指が動くときにパタパタというか、空気の動きのようなものまで耳に入ってくる。

演奏終了後に花束贈呈があったけど、美術館の規則で展示室内へ花を持ち込めないため、演奏者がロビーに出て花束を受け取っていた。

笠間日動美術館ではこういうプチコンサートを年に何度か開いているようなので、また聴きに出かけたい。

オペラ「トスカ」を100倍楽しむために

前日のタニケンさんライブでの幸せ感がまだ残っているが、今日はミニミニサイズのオペラ。
イタリア文化会館で行われた、~オペラ「トスカ」を100倍楽しむために~ である。
https://www.sawakami-opera.org/performance/tosca1002018

9月に名古屋城をバックに野外で「トスカ」を上演するのだけど、そのプレイベントというもの。京都と名古屋でも行われたけど、東京のものは、「トスカ」の解説と日本人のプロ歌手たちによる歌の両方が、500円で楽しめた。歌手2名とピアニストは喜多方の酒蔵オペラにも出演していた。

カッコいいお金の使い方、お金への正しいというかちゃんとした考え方を教わった澤上篤人氏のファンとして、この方の話を聞きたいというのも大きな動機だった。しっかり聞かせて頂いて、今日も行って良かったと思った。東京までの交通費もかかってるけど、かけた以上の学びを得た。

公益財団法人をつくってまで、オーディションから、とにかくオペラを自分達だけでやることにこだわる理由。これを明快に熱く語って下さった。澤上氏の話はいつも情熱的だ。そこも好き。

ここにもお金に絡む問題があったんだ。一部の人間だけに利益誘導するためにチケット代が不当に高騰している。演奏者や歌手は見かけだけの高い料金に見合うよう、客寄せしやすいか、知名度があるかで選ばれる。結果、オペラが庶民から遠くなり、プレイヤー側も実力/才能ある人達が埋もれていく…お金が必要なところに廻っていかないことで全体が貧困化していくのはどこも同じという訳か。

だから余計な人達を入れないで自分達だけでやる。少ないお金でも必要なところに効率良く廻していけば、本当に実力のあるプレイヤーによる良質なオペラ(本物のオペラと澤上氏は何度も呼んでた)を、聴く側は割安で味わえるようになる。
なるほど! そういうことか! 納得!

で、プレイベントをやる理由も。出演側はオーディションを経て活躍の場が与えられ、しかもバックは世界的歴史建造物(過去には平城京とか姫路城)なものだから当然張り切る。
そのテンションの高まりに聴衆の気持ちもついていかないと。オペラ=総合芸術の総合には聴衆も入るのだ(喜多方の酒蔵オペラで澤上氏が言ってた)。一期一会を高いレベルでつくるために、プレイベントで聴衆の本番に対する期待とテンションを高める…という訳。

「9月の本番…聴きたくなったでしょ?」って、澤上氏、うまーく持っていく。

場をつくるだけでなく、オペラに関わる全ての人の気持ちまでつくっていたということか。
そういう深い背景が解ると感動というか尊敬せざるを得ない。

本物のオペラ、聴いてみたいなあ。「トスカ」は、昔読んだマンガの『動物のお医者さん』に出てきて、唯一親近感があるというのもあるし。

だいぶ割安な料金設定なのは分かるけど、名古屋までの旅費なんかも考えると、今の私にはキツイ。だから500円のプレイベントに来てる訳で。仕事もまだ再開してないから、仕事と生活とのバランスをちゃんととれるまでは、身近なことをちゃんとしていたいとも考えてるし。

次回公演までの自分への宿題だな。

プレイベント後は財団のオフィスでレセプションもあったけど、それは参加せずに帰った。オペラ本公演でも全日レセプション開くらしい。そこで覚めない感動を出演者も交えてみんなで分かち合うということ。本当に人の気持ちの動きを大事にするんだなあ。本物のオペラを100倍楽しむために、楽しませるために、澤上氏は働いている。すごい。
今の私は、こうしたたくさんのものを受け止めて味わう余裕も器もない。自分の情けなさをこぼしてこの記事を終わらせる。